美術館走

あーあ、なんでこんなことしてるんだろう。と紺野瑞葉は思う。

いったい全体、美術館走なんて行事を思いついたのどこのどいつだ?

校庭よりも段差は多いし道も悪いし、到底走るのに向いているとは思えない。

こんな道を3周もしないといけないと思うと足が重くなる。

ちゃっちゃと終わらせちゃおう。ひたすらに足を動かし続ける。

 

 

走るのって、やっぱ、楽しい。

すでにバテている友達に「ファイト!」と声をかけながら水野菜々穂は横を走り抜ける。

陸部で鍛えられた足は美術館走2周ぐらいは余裕だ。

今日の部活はタイム発表で盛り上がるな…と思うと自然とスピードも速くなる。

ただここはトラックじゃないから段差にこけないように気をつけなくちゃ。

 

 

 12分以内だったら告白する…12分以内だったら告白する…

心の中で呟きながらひたすらに走る。

皆川さんのことを考えるだけで鼓動が速くなるし、緊張するし、自然とペースも速くなる。

やっぱり俺は皆川さんのことが好きだ。茶川大地は上記した頭で漠と思う。

好きだ好きだ好きだ、12分以内だったら告白する。

 

 

隣の玲奈のペースは正直私にはちょっときついけど、がんばってついていこう。と皆川詩帆は思う。

根っからの文化部の詩帆には走るのはきついけど、美術館走は景色を見れるし日陰もあるし、トラックで見世物になりながら走るよりはマシかもしれない。

玲奈と走り切りたいから、お荷物にならないように頑張ろう、と決意する。

 

 

「波川くんがんばれー!」と言う女子の声が気持ち良い。

あと1周なんてよゆーだ、のろのろと2周目を走っている男子を追い抜いてコンスタントにペースを崩さず走り続ける。あいつら、せめて女子の前ではいいとこ見せたいとかないのかな。俺にはわかんねーや。いつでもかっこよくいたい。

ゆっくりと走っている学級委員長の小川さんに「頑張れよ」と声をかけて横を走り抜ける俺、最高にかっこよくない?

 

 

…なんで私波川くんに声をかけられたんだろう。1軍中の1軍男子がこんなブスで真面目が取り柄の女子に声をかけるメリットがわからない。

怖いな、と思う。また裏で笑われているのだろうか。

表立ったいじめはされていないけど、陰口はきっとたくさん言われている。

早く、死にたいな。

 

 

やっとあと1周半。ここまでも辛かったのに…と瀬名川和人は絶望的な気持ちで思う。

クソ、彼女に会いたい。彼女に会って癒されたい。

今週末は久しぶりのデートだ。放課後に会いに行ってもいい。

どうせ意地悪な彼女のことだから「美術館走どうだったー?」とでも聞いてくるんだろうな。クソ、いいとこ見せたいじゃん。がんばるかー。

 

 

好きな人のことを考えていれば2周なんてすぐ終わる。

そう考えていたのは私がバカだったか…と風原美玖は思う。

息をするだけで精一杯だ、とてもじゃないが幸せな妄想している暇なんてない。

てか好きな人って誰だよ、私好きな人いなかったわ、青春してぇ…

心の中で毒づいても仕方ないので走ることに集中する。

 

 

高1の時は美術館走もまぁいけたのに今じゃすっかりきつくなってる。

しょうがないか、中学はバスケ部で毎日走り回ってたけど今は帰宅部だしな。

いやそれでも周りの運動部に馬鹿にされるのはごめんだ。

何が何でも12分は切ってやる。

仲田祐は目の前を走る背中を睨み付け、ラストスパートをかける。

 

 

お、わった…。

肩で息をしながら川野未夢夏は安堵する。

高校3年間毎春繰り返される美術館走。

運動部といってもマネージャーの未夢夏にはきついイベントだが、やりきった。

達成感とともに笑がこぼれてくる。

 

 

ねこ。私はねこ。

今日は近くの高校の生徒ががんばって走ってる。

なんで走ってるんだろう、走ったらおやつでももらえるのかな。

暑いのにお疲れ様だなぁ。

まぁ私には関係ないんだけど。

走る高校生を横目に欠伸をし、お昼寝の体制に入る。

子供たちの駆ける足音がちょうど良い子守唄になるのよね…。